手書き時代のテクニカルイラストレーション~その2


私は、1994年からこのテクニカルイラストレーターとしての仕事を始めました。

当時はまだパソコンでテクニカルイラストを書く人は稀で、私もご多分に漏れず手書きで仕事を始めました。

まあ実際に手書きで仕事をしていたのは最初の2~3年だったと思います。

パソコンで描くようになったきっかけは、あるメーカーのご担当から「トレーシングペーパーで納品するのではなく、データーで納品できないかなあ。」と言われた事です。

確かに手書きでの納品だと、例えばWordに画像を貼り付けようとすると一度スキャンして画像にするという手間が発生します。

データ納品すればパソコン上で全ての作業が完結するという事になりますからね。




テクニカルイラストが最初に使われ始めたのは、アメリカの軍事産業だったと聞いたことがあります。

当時、例えば戦闘機を組み立てるにもあまり機械に詳しくない方々が作業する事も当然多くあり、その人たちに組立順序などを説明する必要があります。

言葉だけでは伝えきれないところを、イラストにすれば一発で理解してくれたんじゃないかと想像できます。

それがどんどん進化し、テクニカルイラストの理論が出来上がったという事です。

私の知り合い(日本ビジュアルコミュニケーション協会の前会長)は、昔々アメリカに単身行ってボーイング社の工場見学をしてテクニカルイラストの理解を深めたという話も聞きました。

その理論が日本に伝わり現在に至るわけです。



手書きのテクニカルイラストレーションの全盛期は、1970年代から1980年代かと思います。

その頃の手書きのテクニカルイラストは1枚物の絵画の様な物だったんではないでしょうか。

今では考えられないような金額で請け負っていたと聞いたことがあり、中にはテクニカルイラストレーター3人でビルが建ったという逸話も残っています。

私が始めたころは既に全盛を過ぎていましたので、まさに私の世代が手書きの最後の世代という事です。




現在のパソコンでのテクニカルイラストレーションで普通に皆さんが使用しているテクニックも、元々は手書きの時代に何とか早くイラストを描けないかと、先人たちが知恵をしぼって編み出したテクニックだったりします。

この話は、日本ビジュアルコミュニケーション協会のセミナーでもお話させていただいたことがあります。

https://www.javc.gr.jp/katsudou/170708.htmlこの時のセミナーでした。



テクニカルイラストを普段書いている方々は、三面図を描いてひしゃげる手法を使うと思います。

例えば下のような図面。





普通にアイソメ図を描く方もいれば、この図面をそのまま描いて...、



こんな感じでしょうか。




それでは、なぜ57.738%とするのでしょうか。

下図は、テクニカルイラストレーションの説明の中で出てきた図です。





立方体の三面図の平面図を45°回転させ、側面図の一番右側を35°16’持ち上げている図で、縮率の考え方をご説明した図です。

上図で赤字のLの長さが全て同じになる事はご理解いただけると思います。





上図の左図で、平面図の横幅と縦の長さの比率、つまりLとlの比率がわかれば、何パーセントに縮めれば良いかという事です。

アイソメ図の場合、どの面も同じ比率になる事は既にご存知かと思います。

Z図の縮率は、X面、Y面とも同じで、それぞれの面は最後に回転させて合わせれば良い事になります。



L(100%)に対するℓの比率ですから、


ℓ= L・sin35°16’という事になります。


ここで、1分は1度の60分の1 (1分=1/60°)で、16分=16/60°=0.26666.......°ですので、35°16’=35.2666......° という事になります。


ℓ= L・sin35.2666°

Lに対するℓの比率を求めますので、Lを100%として考えます。

ℓ= 100% × sin35.2666°


sin35.2666°=0.577381767となりますので

ℓ= 100% × 0.577381767 = 57.738....%となります。


関数電卓をお持ちでなくても、インターネットのブラウザーにsin35.2666°と入力してENTERキーを押してみてください。

出ますよね?

ちなみにWindowsには普通に電卓ソフトが付属しており関数電卓にもできますので、ご存じない方は是非スタートボタンから探してみてください。


なお、左図で例えばtan30°でも算出できます。

tan30°= 0.57735...、微妙に違いますが誤差ですね。



ちなみに45°回転させる前に円だけ先にその場でそれぞれ45°回転させておくことをお勧めします。

そうすれば、ひしゃげて完成した楕円のアンカーポイントは、楕円の長軸方向と短軸方向に来ますので後々の作業がしやすいです。





このように、パソコンでひしゃげて書くやり方をパソコン独自に考えられたテクニックと思っている方がほとんどなのではないでしょうか。


実はこのテクニック、手書きの時に考えられたものなのです。



下図を見てください。





これはそれほどでもありませんが、この数倍穴が開いていたり、穴の形状も複雑だったり...いろいろな図面があります。

私も大型の複写機を描いていた時には、そのベースとなる函体には数百という穴が開いている図面を何度も経験しています。

まあその頃は既に手書きではなくCADを使用していましたが、メーカーさんからは紙図面しかいただけませんでしたので...。



手書きの場合、補助線をたくさん書いて穴位置を求めます。

どうしてもトレーシングペーパーが汚れてしまいますし、とにかく手間が半端ない!

そこで考えられたのがこのひしゃげて書く方法。


どうやって?と思うでしょうが、そこはコピー機を使用するのです。

少し調べましたが、アメリカのコピーの基本特許が切れ、1970年頃から日本でもコピー機の生産が広がった様です。





上図のように図面自体を三角定規を使用して45°傾けて、コピー機にセットします。





縦横独立変倍機能があるコピー機で、横100%、縦58%(小数点以下が指定できれば57.7%)としてコピー。

縦横独立変倍機能があるコピー機はあまり一般的ではないと思いますが、まあコピーセンターに行けばこの程度は簡単にできました。





それをZ軸が垂直になる様に回転させて、上にトレーシングペーパーを載せてトレース。


このやり方で補助線を一切引かずに、寸法を意識しないで書けるのです。




その他にもいろいろ工夫があったんでしょうが、その様な先人の知恵が時代に取り残されてしまうのは非常に惜しい事だと思います...。



では。

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